2008/08/03

まんが入門

リンク: 時事ドットコム:漫画家の赤塚不二夫さん死去=「天才バカボン」などで一時代.

 小学校低学年の時、初めてファンレターを出したのが赤塚不二夫さんでした。確か、「マンガ入門」みたいな本を読んでだと思います。※ネットで調べたらオークションに出てきました。「小学館入門百科シリーズ10 まんが入門 赤塚不二夫監修」です。

 当時驚いたのは、そのファンレターの後、正月になると必ず赤塚プロダクション?から年賀状が来たことです。カラー印刷の、赤塚キャラ総出演のものでした。今ではたいしたことないかも知れませんが、プリントごっこも無い時代にそんな綺麗な年賀状が来る事が、小学生の私には驚きだったのです。その年賀状は、私が引っ越してしまうまで毎年来ていました。

 本の内容自体は・・・ほとんど覚えてません。でも、オークションの写真に、覚えているページがありました。他の漫画家の作品を例に色々なジャンルの説明をする章があったんですが、そこで「サイボーグ009」が出ていたんです。新幹線の横を009が走り、「あれに一度乗りたいな」と言う。まだ新幹線が「夢の超特急」とか言われていた頃です。私はその後、秋田書店版の009を全巻揃えますが、このページの印象によるところが大きかったです。

 いや、実を言うと、赤塚不二夫さんの作品ってほとんど持っていなかったんです。「天才バカボン」の何処かの巻と、「もーれつア太郎」の第一巻、「おそ松君」の何巻目か・・・ファンではないですね。

 もちろん、アニメは見てました。でも、「天才バカボン」だけじゃないですか。「ひみつのアッコちゃん」は赤塚不二夫という感じがしないし、ア太郎とかはだいぶ大きくなってから見たと思うし。

 だから、私が子供の頃は既に「第一線を外れた」というイメージがあったのかなあ。コロコロコミックで猫を主人公にした漫画の連載があったけど、面白くなかったし。何より、書いている方がすぐにネタに詰まった感がミエミエでした。

 とは言え、所謂「巨匠」と呼ばれる方だというのは誰にも異論の無いところだと思います。ご冥福をお祈りいたします。


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2008/01/04

<書評、というか昔語り>松田聖子と中森明菜

 久々に星5つ付けてしまいました。それぐらい面白かった本です。「松田聖子と中森明菜」(中川右介・著) 。先に書いときますが、70年代終わりから80年代にかけての歌謡界をリアルに見ていた人は必見。絶対に面白いです。(※星5つは前記事のコメントより前に付けてます。気兼ねしてじゃないですよ。)

松田聖子と中森明菜。相反する思想と戦略をもった2人の歌姫は、背後で蠢くレコード会社や芸能プロ、作詞家らの野望をすり抜け、いかに生き延びたのか? 歌番組の全盛時代を生きたアイドル歌手の闘争と革命のドラマに迫る。

 「松田聖子と中森明菜」、今思えば、この二人は同時代の「歌手」に比べ「別格」でした(男性及びジャンル違いは別にして)。それはこの本にある二人のレコード売上総額でもわかりますが、もっと別な「歌手としての存在感」もあったかと思います。

 著者の中川氏は1960年生まれということで、私より少し年上であり、より冷静に時代を見ていたんだろうと思います。だから、この本のような考察ができるのでしょう。私は当時、あるがままを受け入れるだけでした。なので、この本を読むということは、当時の記憶を呼び覚ますとともに、なるほどそうだったんだという謎解きにもなりました。

 まず「松田聖子」。とにかく歌が上手かったんです。後から作られたイメージやスキャンダルなんかに騙されがちですが、この本にある通り「その歌声を聴いてもらえないことには、彼女は勝負できな」かったんです。飛び抜けて歌が上手かったから、スターになれた。当時から今までずっとファンでい続ける人たちは【歌手】「松田聖子」のファンなんですね。これは女性が多いです。

 この本の通り、時系列に追っていけばわかります。資生堂エクボのCMでは画面に出られなかった。「史上初めて、顔ではなく声が先に認識されたアイドル歌手」だったんです。我々はスターになった「松田聖子」を知っているから驚きませんが、実は凄いことです。凄過ぎて誰も気付かない事かも知れません(気付いた著者は偉い!)。

 ザ・ベストテンでの初登場は枠外だった-今週のスポットライトで、10位に入った岩崎良美さんと一緒に出てきたのを覚えてます。何故「松田聖子」の方が順位が下なのか不思議でした。そして、「青い珊瑚礁」。後はトップまでまっしぐらでした。

 そう、ザ・ベストテンという歌番組によってシビアなランク付けが公開されたことで、「既存の歌謡界の序列が崩壊」した中で歌う彼女。そして、レコード大賞という権威を、大賞が取れないことで逆説的に破壊していく彼女。「審査員たちは規制レコード業界にどっぷりとつかっていたので演歌という旧態依然とした曲を支持する傾向が強」かったので、「レコード大賞はその権威をゆっくりと失墜させて」いった-当時はそんな事は思いませんでしたが、確かにその頃からレコード大賞はつまらなくなったと思います。大賞を誰が取るかではなく、お気に入りの歌手を見るようになったのはこの頃からで、既に惰性=年末の恒例行事としての価値しかない番組だったかも知れません。

 「松田聖子」で思い出されるのはあとふたつ。ひとつは、「赤いスイートピー」。「女性たちが『聖子は嫌いだけど、聖子の歌は好き』になる転換点に位置する」曲です。この曲が流行った頃、芸能関係に強い先輩(女性)に、この歌の作曲者「呉田軽穂」が「松任谷由美」のペンネームだと聞かされ衝撃を受けました。この本の中に「松任谷由美の起用は、人々のあいだに『ユーミンが松田聖子を認めた』という静かな驚きを生んだ」とありますが、正にそうだったんです。本当かどうかは知りませんが、その先輩からは同時に「最初は違う歌い方をしていたが、松任谷由美が少しアドバイスしたらすぐその通りに歌いこなした」という話も聞きました。「松田聖子の声は、他に誰もいない唯一の声質だ」と聞いたのもその先輩でした。

 もうひとつは「SWEET MEMORIES」ですね。缶ビールのCMで、かわいいアニメのバックに流れる曲。全て英語で、誰が歌っているのか最初は全くわかりませんでした。暫くしてから、問い合わせに対応したのかテロップで「歌:松田聖子」って出るようになってビックリした記憶があります。「顔」ではなく「歌」。本の中で「重要なのは、松田聖子が歌っているという先入観なしに聴いた人々が、いい曲で、いい歌手だと認めたこと」とありますが、私もそう思います。

 さて、「中森明菜」についてですが、当時はわからなかったけど、この本を読むと一気に上り詰めてるんですね。こちらは85、86年にレコード大賞を受賞しますけど、女王の座はデビューして1年ぐらい、83年ぐらいには掴んでた感じです。

 こちらも、歌が上手かったです。顔は、小泉今日子の方が絶対にかわいかったと思いますが、歌手としては圧倒的に「中森明菜」の方が上でした。

 いちばん印象に残ってる歌は「セカンド・ラブ」です。この本では、かなり松本隆さんを褒めてますけど、この歌も凄いです。「抱き上げて つれてって 時間ごと」ですよ。時間ごとつれてくって、どんな発想だと。それで、これをしっとりと歌う「中森明菜」も凄い。この本に「少年たちは中森明菜が不良の演技をしていると見抜いていた」とありますが、私もその「少年たち」の一人であり、だから不良っぽい歌よりも(それはそれで良いのですが)、こちらの方が好きなんだと思います。

 それで、「セカンド・ラブ」は初期の作品ですが、その後の歌はどうなのかというと、聞いてはいたんだけど印象が薄い...という感じです。世界めぐりシリーズとか、確かに聞いていたと思うんですが、その辺りの記憶ってブッツリ途切れてるんです。

 「松田聖子」が結婚するちょっと前、中森明菜が独走し始めてまもなく、環境の変化によって私は歌番組を見なくなってしまいました。それはたぶん同時代の男性の多くがそうであり、この本でもその時期から先の記述がどんどん淡白になっていきます。二人の求心力が無くなったのか、歌番組が役割を終えたのか、定かではありませんが。

 とは言え、同時代のアイドルたちが皆「歌手」ではなく「タレント」を選択してい中で、二人ともその後もヒットを飛ばし、役者もこなし、相変わらずスターであり続けています。二人とも素晴らしい歌手でしたし、その二人に楽曲を提供した人々も素晴らしかった。そういう意味で、良い時代を過ごしたのだなと再確認させられる、「松田聖子と中森明菜」とはそういう本でした。


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2007/12/23

<書評>夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代

 最近歳のせいか過去を振り返ることが多くなってます。そんな中で手にした二冊の本。まずは、「夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代」(阿久悠・著)。

70年代は歌謡曲の黄金時代だった。テレビ番組「スター誕生」は、百恵、淳子、昌子の「花の中三トリオ」をはじめ、数々のスターを産み出し、一大ムーブメントを巻き起こした。60年代後半からGSブームやピンク・レディー、小泉今日子らアイドル全盛時代を作り上げた阿久悠による同時代ドキュメント。

 私には姉が一人いるんですが、ほんとうにジャストミートなのは姉の世代かと思います。でもまあその頃はTVは一家に一台だったんで、一緒に見てました。「スター誕生」なんて呼んでません、「スタ誕」がしっくりきます。

 本を見ると、番組はずいぶん長く続いていたみたいですが、記憶にあるのは初期の頃(その頃は当然そう思ってませんが)ですね。淳子ちゃん、百恵ちゃん、昌子ちゃんの中学生トリオ。欽ちゃんが「淳子ちゃーん、りんごォ。百恵ちゃーん、桃ォ。昌子ちゃーん...芋の煮っ転がしィ。」とか言って母親が物凄くウケてたのを覚えてます。

 ピンク・レディーは凄い人気でした。でも、あれは女の子向けで、思春期を迎えてない男の子には今ひとつ響きませんでした(大人の男性がどうだったかはわかりませんが)。今で言えば「プリキュア」みたいなものでしょうか。「明星」とかに振り付けの分解写真とか載ってたんですよね。それで女の子が皆で真似して。だから、いつの間にかいなくなっても、別に気になりませんでした。

 ただ、文章の中で、当時私も思ったナアというのがひとつ。

 その当時、テレビの歌謡番組を見ながら、何とも不思議に感じていることがあった。  たとえば、オープニングにしろ、フィナーレにしろ、出演歌手が勢ぞろいした時のピンク・レディーの立つ位置のことで、彼女たちは、ほとんどの場合、真中を避けて、目立たない端っこに、具合悪そうな顔で立っていた。

 そう、人気絶頂の時でも、ピンク・レディーは端っこだったんです。あれは不思議でした。

 それで、ピンクレディーの後も、小泉今日子や中森明菜なんかがこの番組でデビューしているんですが、ハッキリ言って印象がありません。たぶんその頃には、「スタ誕」はその役目を終えてたんだと思います。だって、松田聖子が登場しましたから。

 「スタ誕」は私の年代より少し上。でも「松田聖子」はドンピシャです。そして、彼女は日本の歌謡曲を変えてしまうのですが、それはもう一冊の本、「松田聖子と中森明菜」(中川右介・著) のメインテーマとなります。

 こちらは後日別に書くとして、「夢を食った男たち―「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代」の印象を一言で表すと、「阿久悠の自慢話」でしょうか。懐かしさに浸れる、読み応えのある自慢話です。


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2007/10/07

<書評>葉桜の季節に君を想うということ

 久々に更新です。最近忙しくてあまり本屋へ行かなかったもので。忙しかったのは、仕事もあるんですが、実はポケットモンスター・パールをやり込んでいたためで...

 それで、今回の本は「葉桜の季節に君を想うということ」(歌野晶午・著)です。題名に惹かれて買ってしまいましたが、読んだ後に批評を見たら結構凄い本みたいです。

「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。 あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。

 第57回日本推理作家協会賞、第4回本格ミステリ大賞というだけでなく、色々な書評でも絶賛されているみたいです。でも私は、そこまで素晴らしいとは思いませんでした。

 話自体は面白いんです。登場人物も魅力的だし、途中で出てくる過去の事件の謎解きなんて、それだけで話が書けるんじゃないかと思ってしまいます。でも、最後が...

あまり詳しくはストーリーを紹介できない作品です。 とにかく読んで、騙されてください。 最後の一文に至るまで、 あなたはただひたすら驚き続けることになるでしょう。

 これは文庫の帯に書かれていたものですが、確かにこの通りでした。騙されました。驚き続けました。でも、それは「エーッ...そんなのアリィ???」という驚きです。そりゃあまあ、確かにそうだけどさあ...でもそれはないだろう、みたいな。

 あと、所々で話がぶっ飛ぶんですが、最後で全て収束するとはいえ途中では何だかわかりませんでした。これもマイナスポイントです。

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2007/07/15

<書評>「世界征服」は可能か?

 タイトルは期待させるものがあったんですが...『「世界征服」は可能か?』(岡田斗司夫・著)です。

アニメや漫画にひんぱんに登場する「世界征服」。だが、いったい「世界征服」とは何か。あなたが支配者になったらどのタイプになる? このさい徹底的に考えてみよう!

 テーマは面白いと思います(だから買いました)。けどこの本は全く面白くありません。760円の価値は無いです。酔っ払いの居酒屋トーク、しかもかなり質の悪いものです。まるで、週刊誌が〆切に間に合わなかった記事の穴埋めに編集部で適当な文章を書き殴ったみたいな、やっつけ仕事的な印象しかありません。

 岡田斗司夫さんは『「オタクのカリスマ」「オタクの教祖」と称される』らしいですが、単なる知識の博覧会+妄想の押し付けでは銭は取れません。1の内容のものを無理矢理10に見せて販売しないで、10になるよう努力して欲しかったです。

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2007/07/14

<書評>2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?

 ついつい買ってしまいました。「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」(西村博之・著)。

1999年に開設した『2ちゃんねる』。閉鎖やドメイン差し押さえに関する、噂や報道が幾度となくありました。2006年頃からは書き込みに関する裁判問題で、報道されることが増えています。しかし、インターネットの構造を考えると、“潰すほうが大変”であると管理人のひろゆき氏は説明します。本書では、2ちゃんねるの管理運営を通じ、ひろゆき氏が考えるインターネット論を展開。数多のインターネット賞賛本とは異なる、技術者であり、“ネ申”であるひろゆき氏が考えるインターネット“進化論”となっております。また、IT系ジャーナリズムの第一人者・佐々木俊尚氏、カリスマプログラマー・小飼弾氏との対談も圧巻です。

 収録されている対談における佐々木俊尚氏の「西村さんの言ってることは、身も蓋もなさすぎてついていけない」という言葉が、最もひろゆき氏の特徴を表していると思います。本当に、この人の言葉は「身も蓋もない」です。でもこの考え方が私は好きです。

 人は何かを判断するとき、どうしても自分の経験や立場、主義主張に引き摺られます。それは大抵論理的ではないのですが、人はまた無意識にそれを隠そうとして、尤もらしい理屈を上乗せします。それで、次にはその理屈が一人歩きし、いつのまにか「自分が正しい」「他人は間違っている」「それを判らない奴は馬鹿だ」という感情が芽生えます。そして最後には全く話の通じない人になります。多いですよね、年配の方に。

 ひろゆき氏にはそれがありません。彼は常に物事をシンプルに捉え、論理的に判断していきます。非常に立ち位置がフラットで、余計な感情を挟まないんです。インターネットについての論評も、他の人が「飯の種」的発想から希望的観測を口にするのに対し、「本当にそうですか?」と言ってしまう。そりゃあ、「身も蓋もない」としか言えません。

 でもね、もう今は不必要な脚色を言葉にくっつける時代じゃないと思うんです。昔は何か難しい言葉をくっつけてれば、それなりに何か凄い事を言ってるのかと思ってもらえた。でも今は違います。どんなに言葉を飾っても、本質が見えてしまう。「なあんだ、かっこいい事言ってるけど本当は○○なんじゃん」というのが判ってしまう時代なんです。

 言葉を飾る人はカッコ悪い。必要なのは、本質を判り易く述べる人なんじゃないでしょうか。ただ、やはりサラリーマンなんかは「ついていけない」とは思いますが、まあ気持ちだけでも持ち続ければって事で。

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2007/06/16

<書評>プロレス 金曜8時の黄金伝説

 長年のプロレスファンとして、条件反射で買ってしまいました。「プロレス 金曜8時の黄金伝説」(山本小鉄・著)。

アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳、長州力、タイガーマスク、前田日明、高田延彦…当時の新日本プロレスには、キラ星のごとくスター選手が揃っていた。現在の選手たちは最強を目指して、もっともっと練習しなくてはダメだ!“鬼軍曹”がプロレスラーから格闘家まで一刀両断、最後の御意見番として日本のプロレス&格闘技界に愛情をこめて喝を入れる。みんな、もう一度あのころの元気を取り戻せ!“小鉄イズム”炸裂!!

 「あの頃の新日本」を体験している人は、山本小鉄さんにはとてつもない思い入れがあると思います。ある意味、新日本の精神的支柱でした。前田日明さん等が語った寮でのエピソードなどもそれを助長してます。

 それで、この本自体は非常に面白くありません。小鉄さんのお人柄を偲ばせるように「固い」です。とにかく「練習しろ」「昔は良かった」のオンパレード。ご本人も認めている通り単なる「精神論」です。

 これが小鉄さん以外の人なら「ジジイの妄言」かも知れません。でも、小鉄さんですから許されます。「あの頃の新日本」を体験している人は買う責任があります。面白いかどうかなんてのは、問題じゃありませんよ。

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2007/06/03

<書評>新選組二千二百四十五日

 新撰組には、やはり惹かれるものがあります。でも、部分的に切り取ったお話は知っていても、その誕生から終焉までをきちんと知りませんでした。それで、「新選組二千二百四十五日」(伊東成郎・著)というタイトルを見て買ってしまいました。

近藤勇、土方歳三、沖田総司。おのれの志を貫き通した最後の侍たち。新選組は争闘の巷と化した京都の治安を守るために結成され、分裂を越え、最強の武装集団となる。だが、時代の波は彼らを北へと追いつめてゆく――。気鋭の研究家が、埋もれていた史料から、有名無名の人々の肉声を聞きとり、その実像を活き活きと甦らせる。文庫版には特別対談も収録。

 確かに、彼らこそ「ラスト・サムライ」なんでしょうね。滅びゆく幕府に最後まで忠義を尽くして散っていく、判官贔屓な日本人にはたまらないキャラクターです。また、近藤、土方、沖田らの友情も見逃せません。

 実際には新撰組の黄金時代はあまりにも短く、新政府軍との戦いでは負けながら北へ落ちていくだけであり、その頃には近藤も沖田もいません。そういう意味で、新撰組の終焉を「土方の死まで」とするかどうかには異論もあるでしょう。でも、そこまで見届けてこそ、新撰組の哀しさとそれゆえの美しさも完成される、とも思えます。

 実は私の年齢だと、新撰組=沖田総司=草刈正雄なのです。AmazonでのDVDの説明で「あまりにスマートすぎ、土着感に欠ける」などと書かれていても、そうなんだからしょうがない。本当に刷り込みとは怖いものです。この本を読んでも、それは変わりませんでした。まあ、いいじゃないですか。

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2007/05/29

<書評>「そのケータイはXX(エクスクロス)で」「地獄のババぬき」

 二冊いっぺんに紹介です。一冊目は、「そのケータイはXX(エクスクロス)で」(上甲宣之・著)。

旅行で訪れた山奥の温泉地、そこは怪しい村だった―。女子大生しよりと愛子を次々に襲う恐怖の事件。今すぐ脱出しなければ片目、片腕、片脚を奪われ、“生き神”として座敷牢に一生監禁されてしまうという!?頼りの武器はケータイのみ!二人は生きて逃げ出すことが出来るのか。第1回『このミス』大賞で最大の話題を呼んだ、息つく暇さえない携帯電話ホラーサスペンスの最高傑作。

 正直、無理はあるんです。あるんですが、それがちっぽけな事に思えるぐらい、最初から最後までパワー全開で押しまくられる感じの作品です。本当に最後まで気が抜けませんし、最後の最後まで真相も判りません。誰でも読み出したら一気に読んでしまうでしょう。

 そして、同じ登場人物による続編がこれ、「地獄のババぬき」 (上甲宣之・著)。

卒業旅行のため、夜行バスで東京へと出発したしよりと愛子。旅行を満喫していた二人だったが、なんとバスジャック事件に巻き込まれてしまう。一方、深夜タクシーに乗っていたしよりの親友・弥生は、ラジオから流れる怪談話に耳を傾けていた。やがて話は現実を侵食し始め…。導かれるように、しよりと愛子に合流する弥生。バス車内では、犯人の命令により、命を堵けた“地獄のババぬき”が開始されようとしていた。

 この作品を読むなら、先に「そのケータイはXX(エクスクロス)で」を読むことをお勧めします。登場人物の関係や特徴がよく判りませんし、そもそもこちらでは主人公キャラがあんまり活躍しないんです。

 前作ではあんなに色々知恵を絞ったしよりが、ただの気の弱い女の子になってしまっているし、弥生も過大評価されているだけの女子大生だし、愛子だけがようやく前作の面影を残しているという...しかも、文中どれが誰だか判り難いというのが致命的(章毎に名前はあるんですが、判り難いです)。前作は二人で、それも別行動だったのでフラッシュバックカットバック効果があったのですが、本作では上手くいってません。

 グルーヴ感は相変わらずです。読み出したら一気、というのも変わりません。でも「地獄のババぬき」単品で評価するなら、あんまりいい点はあげられませんね。

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2007/05/21

<書評>死日記

 読んだのはちょっと前なんですが、思い出して書きました。「死日記」(桂望実・著)。思い出したのは、息子の誕生日が来たからです。

田口潤は、14歳の中学生。3年への進級を機に、日記をつけ始めた。毎日彼が記すのは、実の父親の死後、母親の新しい恋人になった加瀬という男と3人での同居生活。仕事をせず、次第に母親に暴力をふるうようになった加瀬と、恋人に盲目的に尽くす母親。理解できない彼らの関係に怒りを覚えつつも、ただ母親の幸せを願う潤だったが、やがて彼は不吉な事件に巻き込まれていく―。事件を追う刑事が、少年が綴った日記から明らかにしていく衝撃の真実とは?家庭に潜む暗闇を抉り出した、桂望実渾身のデビュー作。

 凄く哀しい、切ないお話です。著者はこれがデビュー作との事ですが、とてもそうとは思えません。

 それで、話の本筋には関係しないんですが、主人公の子供時代のエピソードとして10歳の誕生日の話が出てきます。主人公の親友「小野」が通知表を見て言った「やっべー、お袋とオヤジに殺される」という言葉に対して「小野と僕の『殺される』の言葉の使い方は、全然違う」と述べた主人公の体験。楽しいはずの誕生日に、本気で、しかも自分の父親に「殺される」と思った体験。フィクションと判っていても、何かこう、お腹の中に黒い不純物が溜まってくるような、嫌な感じになります。

 詳細な描写は本を見て頂きたいのですが、私は自分がそのような目に遭った事は無いですし、自分の子供もそんな目に遭わせたくは無いです。あんまり甘い親でもいけないんでしょうが、でも人並の愛情は与えてあげたい。プレゼントとケーキにはしゃぐ息子を見て、再度そう思いました。

 そして、感謝すべきは自分の親です。子供を持たないとなかなか気づかないのですが、本当に愛情を持って育ててくれていたんだと、今更ながら感謝してしまいます。いや、本来「死日記」はそういうお話ではないんですが、どう読み取るかは読み手の自由ですよね。私はそういう感想を持ちました。

 勿論本筋の部分も、とにかく秀作です。特に、若い世代に読んでもらいたい作品です。

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2007/05/12

<書評>半落ち

 これだけ有名な本に対して今更なんですが、今年最高に面白かったです。「半落ち」(横山秀夫・著)。まだ書評を書いてない本が右の「お勧め本」にあるんですが、順番を飛ばしてでも書きたい。それくらい面白い本でした。流石ベストセラー。

「妻を殺しました」。現職警察官・梶聡一郎が、アルツハイマーを患う妻を殺害し自首してきた。動機も経過も素直に明かす梶だが、殺害から自首までの二日間の行動だけは頑として語ろうとしない。梶が完全に“落ち”ないのはなぜなのか、その胸に秘めている想いとは―。日本中が震えた、ベストセラー作家の代表作。

 「完全に“落ち”ないのはなぜなのか」が勿論物語の中心になるんですが、この本の主題は実はそこにありません。“落ち”ない理由を探る周囲の人々の様々な「想い」-これがこの作品の中心にあります。

 あたり前の事ですが、人にはそれぞれの人生があります。周囲の人々も、それぞれの人生と事件を照らし合わせて、悩み、それぞれの結論を導いていきます。その部分を、作者は丁寧に描写しています。うーん、上手い、としか言いようがありません。

 “落ち”ない理由は最後に判りますが、その頃にはその理由はもうどうでも良くなってしまいます。ただそこで思うのは、「人間って素晴らしい」の一言。とにかく、読んでおいて損は無い一冊です。

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2007/05/05

<書評>冒険者たち

 GW後半に嫁さんと子供を連れて実家に帰りました。両親が姉夫婦の所へ引っ越す事になり、その相談も兼ねてです。既に引越しの準備はだいぶ済んでいて、私が残していた本などは全て処分されていました(涙)。古い漫画や小説など、結構珍しいものもあったと思うのですが。

 ところが、一冊だけ残っていたものがありました。「冒険者たち」(斉藤惇夫・著)です。A5版の分厚い本なので、別にされて残っていたようです。この本、サブタイトルを読めば何のお話か判ります。サブタイトルは「ガンバと十五匹の仲間」・・・そう、あの「ガンバ」の原作本です。

 実家にあったこの本には「1979年6月20日 第22刷発行」とあります(初版は1972年)。たぶん読んだのもこの年です。当時小学生だった私は親にせがんでこの本を買ってもらいました。定価1,300円は決して安くありませんが、確か課題図書になってて、それを材料に交渉した覚えがあります。

 TVアニメ「ガンバの冒険」を先に見ていて(アニメは1975年の作品)、その原作があることを知って読みたくなったんだと思います。そして、原作はアニメとはまた違った面白さがありました。ネタバレになるので多くは書きませんが、「スタンダードな子供向け冒険小説」という感じです。やや内容的にはハードですが。

 それと、重要なのは挿絵です。薮内正幸氏の絵は写実的かつユーモラスで、作品世界をうまく表現しています。特にラスト近くでの「ネズミがネズミをお姫様抱っこする絵」は、普通なら笑ってしまう題材なのに泣いてしまった記憶があります。それぐらい、文章と絵がうまくマッチしていたのでしょう。

 本は実家から持ち帰りました。もう何年かしたら、今度は私の息子に読ませようと思います。

*右のお勧め本にあるのは最近出版されたやつなので、若干挿絵が違ってるかも知れません。

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2007/03/22

<書評>翳りゆく夏

 これも面白く読みました。「翳りゆく夏」(赤井三尋・著)Amazonの書評では結構厳しいことを書かれてますけど、私は楽しめたなあ。

「誘拐犯の娘が新聞社の記者に内定」。週刊誌のスクープ記事をきっかけに、大手新聞社が、20年前の新生児誘拐事件の再調査を開始する。社命を受けた窓際社員の梶は、犯人の周辺、被害者、当時の担当刑事や病院関係者への取材を重ね、ついに“封印されていた真実”をつきとめる。第49回江戸川乱歩賞受賞作。

 ハッキリ言って、新生児誘拐の犯人はかなり早い時期に判っちゃいます。でも、興ざめすることはなかったです。登場人物たちの絡みが整理されてラストへ向かっていく流れが上手く書かれていて、著者の構成力に脱帽です。

 解説でも触れられていますが、「リアリティ」があるんですね。「リアリティ」は「リアリティ」であって、「リアル」である必要はありません。「リアル」に「感じられる」かどうかが重要です。この作品にはそれがあります。

 あと、「誘拐犯の娘」のキャラが良かったです。こういう「少し無理した」感じの女の子が好きなんですよ、私は。

*総評:85点。
*再読:します。


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2007/03/18

<書評>13階段

 これは面白かったです。「13階段」(高野和明・著)。第47回江戸川乱歩賞受賞、流石です。帯には「乱歩賞受賞作史上最速45万部突破!」と大きく書いてありました。何が凄いのかよく判りませんが、とにかく大変なんでしょう。

犯行時刻の記憶を失った死刑囚。その冤罪を晴らすべく、刑務官・南郷は、前科を背負った青年・三上と共に調査を始める。だが手掛かりは、死刑囚の脳裏に甦った「階段」の記憶のみ。処刑までに残された時間はわずかしかない。二人は、無実の男の命を救うことができるのか。江戸川乱歩賞史上に燦然と輝く傑作長編。

 内容は凄く重いんです。「刑務官・南郷」と「前科を背負った青年・三上」はそれぞれ心に傷を負ってます。その二人が「冤罪を晴らすべく」殺人事件の再調査をする訳なんですが、読み進めながら続きが気になって仕方がない。止まらなくなるんです。

 情報の出し方とテンポの良さが絶妙なんですね。ストーリー自体も山あり谷ありで、とにかく厭きさせない。内容の濃い一冊です。

 映画は評判悪いらしいですが、観てない私には関係ありません。ミステリー好きなら読んで損は無いと思います。というか、好きな人は既に読んでいるんでしょうけど。


*総評:85点
*再読:します。


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2007/03/10

<書評>メビウス・レター

 今週読み終えたのは、「メビウス・レター」(北森鴻・著)です。 あらすじは以下の通り。

男子高校生が謎の焼身自殺を遂げた。数年後、作家・阿坂龍一郎宛てに事件の真相を追跡した手紙が、次々と送りつけられる。なぜ阿坂のもとに?そして差出人の正体は?阿坂は人妻のストーカーに付け狙われ、担当編集者は何者かに殺害された。すべてがひっくり返る驚愕の結末とは!?傑作長編ミステリー。

 「すべてがひっくり返る驚愕の結末」に嘘偽りはありませんでした。でも、「無理があるなあ」という感想です。そもそも、「すべてがひっくり返る驚愕の結末」のために最初から読者への情報提供を最小限に留めた書き方をしているので、「やられた!」という感じが起きないのです。ぜーんぶ後出しじゃん、と。手紙の差出人を含めて、材料を提示してある部分は大体想像通りでしたから余計にそう感じます。

 まず、設定から有り得ない話です。だからこそ「結末」までそれを読者に隠し続けるのでしょうが、フェアじゃないですね。ぐいぐい引き込まれる文章の上手さがあるのにもったいないです。

*総評:50点。
*再読:しません。

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2007/03/06

<書評>月の扉

 この前本屋で文庫のまとめ買いをしたら、別に意識した訳では無いのにミステリーばかりになってしまいました。よってしばらく書評はミステリーが中心になりそうです。

 今日読み終えたのは「月の扉」(石持浅海・著)です。文庫の帯には『2004年「このミス」8位、「本格ミステリ」3位』とありました。でも、ミステリーとはちょっと違う気もしました。

 まず、設定が普通じゃないんです。文庫の最後の解説には「<ハイジャック><密室殺人><幻想譚>の三要素を合体」とあります。<ハイジャック><密室殺人>は判りますが、そこに<幻想譚>。果たしてそれはミステリーなのか?

 それで、ミステリーであれば<密室殺人>の犯人探しがメインになると思うのですが、最初から判っちゃいます。そもそも登場人物自体が少ないのに加え、物理的にどう考えてもこの人でしょっていう展開です。

 だから、この小説は「犯人探し」がメインではなく、状況とその変化を楽しむものだと思われます。そう考えれば、<ハイジャック>の目的が徐々に明らかになっていくことも含めて、最初から最後まで十分楽しめる内容でした。

 でも、探偵役が余りにもスーパーマンなのは興ざめでした。ストーリー展開も何かご都合主義っぽかったし。それと、話の中で「5分」とあるのに長いこと会話が続いたりしたのもちょっと...でした。

*総評:65点。
*再読:たぶんしません。

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2007/02/07

週刊プロレス2/21号(No.1355)

 本日発売、週刊プロレス2/21号(No.1355)を読んで。といってもまだ半分しか読んでませんけど、最初の方のインタビュー何本かについて。

 いちばん面白かったのは鈴木みのる選手のインタビュー。次に川田利明選手。二人とも昔から言ってることがぶれてません。年を取るにつれて表現は変わるかも知れませんが、本質的には何も変わっていない感じです。

 逆につまらなかったのは棚橋選手。あんまりインタビューは受けないほうがいいのでは。或いは聞き手が悪いor聞き手との相性が悪い?川田選手の言う「重みがない」にも通じる、何か判らない軽さを感じます。

 諏訪魔選手はもう少し頑張りましょう。印象に残りません。

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2006/02/12

<書評>昔、革命的だったお父さんたちへ

 暫く前からお勧め本にも載せている「昔、革命的だったお父さんたちへ (平凡社新書;林 信吾著、葛岡 智恭著)」。サブタイトルは『「団塊世代」の登場と終焉』である。すなわち、「昔、革命的だったお父さん」とは所謂「団塊の世代」を指している。この言葉、皆さんすんなり頭に入るのだろうか。

 私の両親は団塊の世代よりも上の世代だ。私は所謂「新人類」にカテゴライズされる年代だと思う。その私が「団塊の世代」に抱く印象は「権威主義者」「頭カチコチの前例主義者」「口だけで中身が無い」「上手いのは世渡りだけ」というものである(勿論例外は沢山あるが)。では更に若い世代は「団塊の世代」が「革命的」だったと言われて納得できるのか?

 その疑問は、この本を読み進めていくことで解消する。やや乱暴な言い方だが、「革命的」=「左翼(新左翼)運動」と考えれば解決するのだ。じゃあ「団塊の世代」は皆左翼だったのか、というとそれは難しい。その世代が「革命」に酔った事は確かだろう。だけど、時期が来ると彼らのほとんどはそれを捨ててしまったからだ。この本ではそれを「いちご白書をもう一度」で説明している。

 戦争が終わって出生率がガツンと上がった世代。戦争を体験した世代から「この子たちにはそんな思いを味わって欲しくない」と強く願われた世代。だから「反戦」には無条件に賛成してしまう世代。だけど実は自分の考えなど持っていない、「感覚主義」「没論理性」を問題にされる世代。だから60年安保から続く左翼運動の流れには乗ったが、就職してしまえば会社の言うことを疑いもせず実行してきた世代。そう考えれば、確かに色々説明はつく。

 「団塊の世代」を考える上で「感覚主義」と「没論理性」は重要なキーワードであると私も思う。私はこれまで、この世代がトップに立って何かを纏め上げるところを見たことが無い。もっと上からの指示があるか、下で纏め上げたものを持ち上げるか、どちらかである。その上で彼らはもうひとつのキーワード「権威主義」に従って行動する。上からのものは黙って(嬉々として)従い、下からのものは「感覚主義」=思いつきでとにかく批判する。そして結果が良ければ自分の手柄、悪ければ人のせいにする。

 「団塊の世代」が日本を支えてきてくれたことは事実である。それは素直に認めるし、感謝もしている。しかし、ダメな部分をつくってきたこともまた確かだ。この本はそれを「総括」してくれとも述べているが、私は必ずしもそれを望まない。「団塊の世代」には自らの「総括」など無理だからだ。そもそも、何を「総括」すれば良いのかさえ彼らは判らないだろう。彼らが退場してから、残されたもので始めた方がエネルギーのロスが少ない。それほど、ある部分で彼らは「障害」なのである。但し、この本の最終章にある以下の文章には共感できる。

 昔、「革命的」だった団塊世代のお父さんよ。

 年金が心配なのはわかる。

 一生懸命働いてきて、今更「お荷物」扱いされて憤る気持ちも、よく理解できる。

 しかし、とにかく自分たちの世代が死に絶えるまで、税金で年金制度を維持し、後のことは何とか考えてくれ、といった議論はやめていただきたい。

 日本の再建は、自分たちが死に絶えてからゆっくりやってくれ、などと言われた日には、それなら今すぐ死んでくれ、としか答えようがなくなるではないか

 無論「今すぐ死んでくれ」などとは言いたくない。だから言わせないでよ、昔「革命的」だったお父さんたち。


 ついでに書くと、この本を読めば「左翼は60年代で時間が止まっている」ことがよく理解できるので、左翼ヲチャの方も「買い」だ。


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2005/10/01

衣替えと太宰治

 「将軍サンバ」に衣替えしてみた。10月1日だし。何か気持ちが沈んでるし。まあ1週間くらいでまた変えるかもしれないけど。

 気持ちが落ち込んだ理由は簡単。「斜陽」なんか読んじゃったからだ。太宰治が自殺する前の年に書いた小説。何度目だか判らないけどまた読んでしまった。私はこのブログの「お気に入り」には人間失格を入れていて、勿論それも好きなんだけど、「斜陽」もなかなか。ずーんと落ち込ませてくれる。

 この沈み感は実はかなり心地よいもので、たまに無性に読みたくなるのはそれを求めるからだ。そして一度沈みきった心は、あとは上に向かって浮いていくだけである。実際に何か痛い目に遭った訳じゃないし。他人はどうかわからないけど、私にとって太宰とはそういう存在なのだ(と言いつつ、別に太宰でなくても、「ノルウェイの森」とかでもいいんだけど)。

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2005/04/24

週刊プロレスへの違和感

 前にも書いたけど、もう何年も週刊プロレスを買い続けている。確か初めて買ったときの表紙は初来日が決まったロードウォリアーズだった。それまではビッグマッチの時だけ駅で東京スポーツを買っていたのだが、友達の影響で買い始めたと思う。ビッグレスラー、ゴングもその前後で買ったが、ビッグレスラーは内容が薄く、ゴングは提灯記事ばかり(覆面座談会でさえ週刊プロレスの一般記事より甘かった)で面白くなかったため週刊プロレスを選んだと記憶している。私は週刊プロレスの、記者の思い入れが如実に伝わる文章スタイルが好きだった。
 「優勝は若き世代の獅子達へ、飛龍原爆猪木をフォール!」というコピーを今でも覚えている。私の中で週刊プロレスのベスト記事は今でもそれだ。新日本のタッグリーグ最終戦。ブロディ・スヌーカ組が最終戦をボイコットするという非常事態の中で猪木・坂口組と藤波・木村組が優勝をかけて激突、前日ブロディ組との試合で左足を破壊された坂口が戦線離脱、猪木が孤軍奮闘するも最後は藤波のドラゴンスープレックスが完璧に決まるというドラマチックな流れだった。TV放送では前週も同じカードだったが(その時は試合途中で「ごきげんよう、さようなら(by古舘)」だった)、それによるマイナスなどは全く無かった。フォールを取られた後の猪木の「やられたか」という表情、放送席山本小鉄の涙と古舘の好フォロー、ブロディ・スヌーカを除く全参加選手が藤波・木村を祝福し記念撮影するまで、今でも思い出せる。記事の最後の文は「私は宮城県スポーツセンター(注;上記試合の会場)にいたことを神に感謝した」だったが、この試合をTVで見た全てのファンも同じ気持ちだったと思う。
 最近、そのような気持ちを持つ事が少なくなった。私が歳を取ったのだろう。プロレス自体のパワーが落ちていることもあるのかも知れない。でもね、過剰なまでの思い入れって奴が少なくなったんじゃないか?
 ターザンが辞めて雑誌としての方向性が変わったのは知ってる。色々なカミングアウトでファンが変にすれてしまってもいる。だけど「思い入れ」があればどうしたって記事には滲み出てくるだろう。しぶといファンは今でも待ってる。何故前田日明にコールが飛ぶのか、考えれば判るだろう。
 今頃になってWWEを過剰にヨイショするのも止めて欲しい。あれもプロレス、だけでいいじゃない。WWEが本当に面白かった時期を外してしまうような嗅覚では「思い入れ」なんて望めないでしょ。ねえ鈴木次長。

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