崇高な精神
本当はもう寝てしまいたいのだが、酔いに任せてちょっと書いてみる。昼間に会社で読んだ愛と平和:イチローはネット右翼?について思ったこと。
イチロー選手の発言が、また物議を呼んでいるようです。
「向こう30年は日本には手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」これ位の気持ちで臨もうという意志の表れであり、チームリーダーとしての責任感も汲み取れます。でも、ちょっと"ネット右翼っぽい?"と思ってしまったのは私だけでしょうか。その変わり様も、感情表現の仕方もどこか稚拙で、とても酷似したような印象を受けてしまいました。
「今日負けることは、日本のプロ野球に大きな汚点」
「野球人生で最大の屈辱」
「本当にしゃくにさわった」これは韓国チームに対する、イチロー選手の発言です。
スポーツ選手ですし、今はアメリカが職場ですので、言葉(日本語)の使い方に疎いのかもしれませんが、「辱しめ」「汚い」という字は普通の感覚であれば用いないと思います。マスコミと距離を置いている理由が分かった気がします。
イチローが「言葉(日本語)の使い方に疎い」のではない。可憐さんが「日本人」或いは「日本人であること」に疎いのだ。
今月のスカパーのガイドにイチローのインタビューが載っていた。収録されたのは「30年」発言の前だろう。彼は同胞である日本人選手にも、こんな強烈なメッセージを発している。
「(中略)WBCは最高の舞台。(出場を)拒む理由がない。ケガが怖いと言うのも僕には考えられない。ケガしてダメになったとしたら、そこまでの選手なんですよ。」「『応援よろしく』というのは一番嫌いな言葉。応援したくなるようなことをするのが僕らの仕事でしょう。日本チームにそんな甘っちょろいことを言う奴がいないことを願っていますよ。もしいたら、僕は出場を辞退する(笑)。目標?もちろん世界一です。」
確か、イチローがこの手の発言をするのは初めてではなかったと思う。要するに、彼の自論なのだ。この発言でカチンとくる日本人選手は少なくない筈だ。でも、彼は意に介さない。それは、彼の中に確固たる信念があるからだろう。
イチローの発言を捉えて「思い上がり」と判断する人もいるだろう。でも、それは正しくはない。「思い上が」ってしまう人は往々にして実力が伴わないが、彼の実力は万人が認めるところだ。彼の発言は、類稀な才能を持ち誰よりも努力してきた人が、他人にもその高みを求めるものなのである。
そして彼のその「高みを求める」という生き方は、日本人が(実際にできるかどうかは別にして)理想とする生き方でもある。様々なものに「道」を求めるストイックな民族性。だからこそ、ひとつの方向に突っ走ってしまう危険も孕んだ民族性。
彼の人気は、その求道精神によるところも大きい。武士道にも通じる、その崇高な精神。「日本人であること」とは、そのような崇高な精神を持つ、又は持ちたいと願うことだろう。「言葉(日本語)の使い方に疎い」のではなく、彼はあまりに日本人なのである。彼がアメリカでプレーしていることも、彼のその部分を際立たせる一因ではあるだろう。海外でこそ、自分のアイデンティティーを求められるのだから。
可憐さんに聞きたい。日本のマスコミが総じてスルーした、韓国人選手・観客のイチローを始めとする日本人選手たちへの恥ずかしい行為をどう思うのか。知らないなら検索してみればいい。捏造だと思うなら複数のサイトで検証すればいい。イチローの崇高な精神と比べて、なんと幼いことか。
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