リンク: スポーツナビ | ニュース | 15歳のK-1戦士・HIROYAの対戦相手は18歳のオランダ人=K-1アムステルダム.
現地時間6月23日にオランダで開催される「K-1 WORLD GP2007 IN AMSTERDAM」に出場する15歳のK-1ファイター、HIROYAの対戦相手が18歳のオランダ人ファイター、ロイ・タンに決定した。
ロイ・タンは名門メジロジム所属で、これまで2戦2勝と負けなしの期待の新人。HIROYAにとっては初の強豪外国人選手との対戦になる。タイ修行に出発して約2カ月、どんな成長した姿を見せてくれるのか。
見ました、この試合。物凄い脱力感に襲われながら。嗚呼、何故K-1の日本人選手は皆「作られた」ようなイメージがつきまとうのでしょう。
武蔵もそうでしたが、何故かHIROYA選手はそのポジションが「与えられた」ものに見えます。「戦って勝ち取った」という感じがなくて、「規定路線に乗って」いるように見えるんです。「日本人のスターを作る」ことは興行として確かに必要なことですが、あまりにも鼻に付くのはいかがなものかと。どうも日本のTV局というのは、そのあたりの微妙な日本人心理が判ってないように思います。
そして浮かんだのは、「中嶋勝彦」という名前でした。たぶん一般的な知名度はほとんど無いであろう若きプロレスラー。その略歴は以下を参照してください。
リンク: 中嶋勝彦 - Wikipedia.
5歳から母子家庭で育っている。
小学校3年生より空手を始め、中学生の頃には高校生クラスの大会で優勝を収める実力を身につけた。
この頃前田日明の目に留まり、卒業後のリングス入団を約束されるが、それを待たずにリングスは解散してしまう。
2002年12月、長州力率いるWJプロレスにスカウトされ入団。
2003年9月、WJの興行X-1に参戦、金網バーリトゥード戦で勝利する。
2004年1月、後楽園ホールにてプロレスデビュー。このとき15歳9ヵ月。
2004年3月、WJ崩壊に伴い、退団。同じくWJを離れた佐々木健介に弟子入りを直訴。
2004年4月、北斗晶が身元を預かる形で健介office所属となり、佐々木家への居候生活が始まる。以後は健介ファミリーの「息子」というギミックも得て、健介の付き人をこなしつつ、各団体へ参戦するようになる。試合を重ねるにつれ個人の評価も上がり、単独参戦も見受けられるようになってきた。
2004年6月19日、みちのくプロレス札幌大会に参戦し、キャリア半年にてザ・グレート・サスケをシングルマッチで破るという驚異的な戦果を挙げる。
2005年12月、健介officeの法人化に伴い正式に健介office所属となり、道場長に就任。
2006年2月11日の健介office初の自主興行・佐々木健介デビュー20周年記念興行にて天龍源一郎と組み、健介・小橋建太組とタッグマッチで対戦。結果は健介のラリアットからの片エビ固めでフォール負けとなるものの、試合開始直後のR-15や健介のお株を奪うノーザンライトボムを放ち、健介・小橋組の猛攻に長い時間耐えきるなど、次世代のエースとなるであろう器の片鱗を見せた。
2004年度のプロレス大賞・新人賞を受賞。2005年度は敢闘賞を受賞。
2006年より定時制高校に進学。
2007年2月11日、健介オフィス旗揚げ興行「Take The Dream vol.1 ~夢を掴め~」のメインでシングルマッチで佐々木健介と対決。
2007年2月17日には近藤修司を破り、世界ジュニアヘビー級王座を獲得。18歳11ヶ月は同王座最年少獲得記録となった。
デビュー当時、彼は小さくて線も細く、「長州のバックアップでやらせてもらってるんだな」という印象しかありませんでした。でも、それは間違いでした。
WJという団体が崩壊し行く場所が無くなった彼は、「佐々木健介」の所へ身を寄せます。「鬼嫁の旦那」で知られている佐々木選手は実は物凄く自分にも他人にも厳しい人で、でも中嶋選手はその指導によりメキメキと成長していくのです。そして彼の年齢やキャラ、実際に母子家庭であることも含めて、彼等二人は「父親と息子」的な見方をされていきます。
そして、いつの間にか彼は同じ頃にデビューした選手たち(同じ歳、だとまだいないのです)の間でトップになっていました。プロレスはK-1と違って、判定やラッキーな勝ちはありません。試合の勝ち負けも超越した「こいつの方が上」というある種の人間力の比べ合いという側面があります。中嶋選手はその点ズバ抜けていますが、それは佐々木選手の指導によるものでしょう。
「006年2月11日の健介office初の自主興行・佐々木健介デビュー20周年記念興行にて天龍源一郎と組み、健介・小橋建太組とタッグマッチで対戦」...佐々木健介、小橋健太と言えばその時点の日本プロレス界でもトップ中のトップ(パートナーの天龍もそう)。その試合の開始直前、父親と慕う男を目の前にした彼の目は明らかに「この男を叩きのめす」という覚悟の目でした。当然佐々木選手にも手加減はありません。
写真だけでもいいから、その「試合直前の中嶋選手の目」を多くの人に見てもらいたいと思います。それで「銭が取れ」ます。それぐらいの「覚悟」の視線なのです。日本人はこういうストーリーに弱い...それは今の若者だって同じでしょう。そして、そのストーリーに耐える「実力」を中嶋選手は備えています。
HIROYA選手は最初に睨み合うことなく背を向けました。これから戦う相手から視線を外しただけでなく背中まで見せる...いきなり後ろから襲われたらどうするのか。K-1のルールではそれは無い...スポーツですかそうですか。判定で大喜びですかそうですか。プロレスはケツが決まってる?そんな小さなことじゃなく、人間力を見せてくれってんですよ。
今は若い世代のアスリートに注目が集まってます。その中に、是非中嶋選手を加えて欲しい。TVのゴールデンタイムで...HIROYA選手の試合なんか放送するんだったら...と思った日曜の夜でした。
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